ヨガというと、現在ではアーサナ(ポーズ)を行う健康法やフィットネスを思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。
しかし、ヨガの歴史をたどると、最初から現在のようなポーズ中心のヨガが存在していたわけではありません。
ヨガは古代インドの宗教や哲学を背景に、宇宙や人間の本質を考える思想、瞑想、自己を律する修行、呼吸法、身体を使った修行などを取り込みながら、数千年にわたって形を変えてきました。
その変化を知るために重要なのが、古代インドから受け継がれてきたヨガの聖典・経典です。
ヴェーダやウパニシャッドでは、宇宙や自己、カルマ、輪廻、解脱などについて考えられるようになり、『バガヴァッド・ギーター』では「現実の生活の中でどのように生きるのか」という問題とヨガが結びつきます。
さらに『ヨーガ・スートラ』では心を整える実践が体系化され、中世のハタヨガではアーサナや呼吸法など身体を使った修行が発達しました。
そして19~20世紀になると、ヨガはインドから欧米へ広がり、現在のポーズ中心のヨガにつながる近代ヨガが形成されます。
この記事では、ヨガの起源と歴史を、ヨガの4大聖典(経典)を中心に時系列でたどりながら、近代ヨガ、日本のヨガ、沖ヨガ、ホットヨガまでわかりやすく解説します。
- ヨガの歴史を年表でわかりやすく整理
- ヨガの起源は古代インド|インダス文明との関係
- ヨガの4大聖典(経典)|ヨガの歴史を理解する重要文献
- ヴェーダ聖典|ヨガ哲学が生まれる土台となった古代インドの思想
- ウパニシャッド|自己探究・カルマ・輪廻・解脱がヨガ哲学につながる
- バガヴァッド・ギーター|現実の生活の中で実践するヨガ
- ヨーガ・スートラ|古典ヨガの思想と実践が体系化される
- タントラの発展|5世紀頃以降に広がった身体観と修行
- 中世にハタヨガが発展|身体と呼吸から心へ働きかけるヨガへ
- 近代ヨガの誕生|現在のポーズ中心のヨガはどう生まれた?
- ヴィヴェーカーナンダ|まず欧米へ広がったのはポーズではなくヨガ思想
- パラマハンサ・ヨガナンダ|クリヤヨガと瞑想を西洋へ広める
- 1918~1924年|ヨガの一般化と科学的研究も進む
- 20世紀前半|アーサナを中心とする近代ポーズヨガが発達
- クリシュナマチャリア|現代の多くのヨガ流派につながる人物
- アイアンガーヨガ|正確なアライメントと補助具を重視
- アシュタンガ・ヴィンヤサ・ヨガ|呼吸と動きを連動させる動的なヨガ
- ヴィンヤサヨガ|決められたシリーズから自由なシークエンスへ
- デシカチャー|一人ひとりに合わせるヨガへ
- インドラ・デヴィ|ヨガを欧米の一般女性にも広げる
- スワミ・シヴァナンダ|複数のヨガの道を生活の中で統合
- スワミ・サッチダナンダ|Integral Yogaをアメリカへ広める
- 近代ヨガで何が変わったのか
- 1999年|Yoga AllianceとRYTが生まれる
- 日本におけるヨガの歴史|沖ヨガ・ヨーガ禅からホットヨガまで
- ヨガの歴史まとめ|経典・哲学・身体実践が重なって現在のヨガが生まれた
ヨガの歴史を年表でわかりやすく整理
ヨガは古代インドで一度に完成したものではありません。宗教や哲学、瞑想、身体修行などを取り込みながら、長い時間をかけて現在の形へ発展してきました。
まずは、この記事で解説するヨガの歴史を時系列で確認しておきましょう。
| 時代 | 主な出来事・経典 | ヨガ史上の意味 |
|---|---|---|
| 紀元前3千年紀~2千年紀 | インダス文明 | 後世のヨガや瞑想との関係を指摘される図像が残る。ただし、この時代に現在のヨガが存在したと断定することはできない |
| 紀元前2千年紀後半~ | ヴェーダ文化が発展 | 祭祀、宇宙観、生命観など、後のヨガ哲学につながるインド思想の基盤が形成される |
| 紀元前2千年紀後半~1千年紀 | 『リグ・ヴェーダ』など四大ヴェーダ | 神々への祈り、祭祀、音・詠唱、生命や健康など、後のインド思想につながるテーマが現れる |
| 紀元前1千年紀 | ブラーフマナ・アーラニヤカ・ウパニシャッド | 関心が外側の祭祀から内面の探究へ移り、ブラフマン、アートマン、カルマ、輪廻、解脱などが重要になる |
| 紀元前2世紀~紀元2世紀頃 | 『バガヴァッド・ギーター』 | 行為・知識・信愛などを通して、現実社会の中で実践するヨガが説かれる |
| 紀元後数世紀頃 | 『ヨーガ・スートラ』 | パタンジャリによって古典ヨガの思想と実践が体系化され、八支則などが説かれる |
| 5~10世紀頃以降 | タントラの諸伝統が発展 | マントラ、観想、ムドラー、チャクラ、ナーディ、クンダリニーなど、後のハタヨガに影響する思想・身体観が発達する |
| 11~15世紀頃 | ハタヨガが発達 | 身体や呼吸へ積極的に働きかけ、瞑想や解脱へ向かう実践が発達する |
| 15世紀頃 | 『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』 | アーサナ、プラーナーヤーマ、ムドラー、バンダなど、ハタヨガの実践が体系的にまとめられる |
| 19世紀末 | ヴィヴェーカーナンダが欧米でヨガ思想を紹介 | インドのヨガ思想が欧米へ広く知られる契機の一つとなる |
| 1918年 | The Yoga Institute設立 | ヨガを一般の家庭生活者にも広げる近代的な動きが進む |
| 1920年 | パラマハンサ・ヨガナンダが渡米、Self-Realization Fellowship設立 | クリヤヨガ、瞑想、インドの精神思想がアメリカで広く紹介される |
| 1924年 | Kaivalyadhama設立 | ヨガを生理学などから科学的に研究する流れが本格化する |
| 1930~40年代 | クリシュナマチャリアがマイソールで指導 | 身体を大きく使うアーサナ中心のヨガが発達し、現代ヨガにつながる |
| 1930年代以降 | スワミ・シヴァナンダの教えが広がる | アーサナ、呼吸法、瞑想、奉仕、哲学などを統合するヨガが発展する |
| 1966~1969年 | スワミ・サッチダナンダがIntegral Yogaを米国で普及 | 1966年にIntegral Yoga Instituteを設立し、1969年のWoodstock開会スピーチでも広く知られる |
| 20世紀 | 日本でヨガが普及 | 沖ヨガ、ヨーガ禅などを通して、健康法・精神修養・生活法として広がる |
| 1999年 | Yoga Alliance設立 | ヨガ指導者・養成校の共通基準と登録制度が整備される |
| 2000年代~ | ホットヨガ・フィットネスヨガが普及 | ヨガが一般的な運動・健康・ウェルネスとして広く定着する |
| 現在 | ハタヨガ、ヴィンヤサヨガ、陰ヨガ、ホットヨガなど | 伝統的な思想からフィットネスまで、目的やスタイルが大きく多様化している |
大きな流れを見ると、ヨガは「祭祀や宇宙について考える段階」から「自己や心を探究する段階」へ進み、さらに「生き方としてのヨガ」「心を整えるヨガ」「身体と呼吸を使うヨガ」へと発展してきたことがわかります。
ヨガの起源は古代インド|インダス文明との関係

ヨガの起源は古代インドにありますが、いつ、誰がヨガを始めたのかは明確にはわかっていません。
ヨガの起源を考える際によく取り上げられるのが、インダス川流域を中心に栄えたインダス文明です。
代表的な都市遺跡には、現在のパキスタンにあるモヘンジョ・ダロやハラッパーがあります。
インダス文明の遺跡からは、脚を組んで座っているように見える人物を描いた印章などが発見されており、これらを後世のヨガや瞑想の坐法と結びつけて考える説があります。
ただし、こうした出土品だけから「インダス文明ですでに現在のヨガが行われていた」と断定することはできません。
ヨガにつながる思想や修行法が文献の中ではっきり確認できるようになっていくのは、その後のヴェーダ文化、そしてウパニシャッドの時代です。
ヨガの4大聖典(経典)|ヨガの歴史を理解する重要文献
ヨガ哲学を学ぶと、さまざまなインドの聖典・経典が登場します。
ヨガの歴史を理解するうえで特に重要なのが、ヴェーダ・ウパニシャッド・バガヴァッド・ギーター・ヨーガ・スートラです。

これらはすべて同じ種類の「聖典」というわけではありません。また、古代インドで公式に「ヨガの4大聖典」という固定された4冊が定められていたわけでもありません。
この記事では、ヨガ哲学やヨガ史を学ぶうえで特に重要な代表的文献群として、ヴェーダ、ウパニシャッド、『バガヴァッド・ギーター』、『ヨーガ・スートラ』の4つを中心に整理します。時代順に読むと、ヨガの思想がどのように変化していったのかを理解しやすくなります。
- ヴェーダ:古代インドの宗教・思想の基盤となった最古の聖典群
- ウパニシャッド:ブラフマン、アートマン、カルマ、輪廻、解脱などを探究する哲学的文献
- バガヴァッド・ギーター:行為・知識・信愛などを通して、現実の生活の中で実践するヨガを説く文献
- ヨーガ・スートラ:心を整え、瞑想を深める古典ヨガの思想と実践を体系化した経典
さらに中世になると、身体と呼吸を積極的に使ったハタヨガが発達し、代表的な文献として『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』が登場します。
ヨガの歴史を非常に大きく整理すると、祭祀や宇宙について考える段階から、人間の内面や自己を探究する段階へ進み、さらに生き方、心の制御、身体と呼吸を使った実践へと広がっていったと考えることができます。
ここからは、それぞれの聖典・経典がヨガの発展にどのような役割を果たしたのかを順番に見ていきます。
ヴェーダ聖典|ヨガ哲学が生まれる土台となった古代インドの思想
ヴェーダは、古代インドで長期間にわたって伝承されてきた聖典群です。
「ヴェーダ」はサンスクリット語で「知識」を意味します。
ここで重要なのは、ヴェーダが現在のヨガのポーズを説明した教科書ではないということです。
それでもヨガの歴史でヴェーダが重要なのは、後のヨガ哲学が生まれる宗教・思想・世界観の土台が、ヴェーダ文化の中で形成されたからです。
初期のヴェーダ文化では、自然界のさまざまな力を神々としてとらえ、祭祀や祈りを行うことによって、健康、繁栄、幸福などを願いました。
当初は「正しい祭祀を行うこと」が非常に重要でしたが、やがて「なぜ祭祀をするのか」「世界を成り立たせている根本原理は何か」「人間とは何か」という問いへ思想が深まっていきます。
この変化が、やがてウパニシャッドの自己探究や瞑想、そしてヨガ哲学へつながっていきます。
四大ヴェーダ聖典とは
ヴェーダの中心となる「サンヒター(本集)」には4種類あり、これらを四大ヴェーダと呼びます。
四大ヴェーダはそれぞれ役割が異なり、神々への讃歌、祭祀の方法、音や詠唱、健康や日常生活に関する祈りなど、古代インドの宗教・生活・思想を幅広く伝えています。
この段階では、ヨガが現在のような一つの実践体系として完成しているわけではありません。しかし、宇宙や生命について考えること、祈りや詠唱を行うこと、身体や健康を整えようとすることなど、後のヨガにつながる要素が少しずつ見られるようになります。
リグ・ヴェーダ|神々への讃歌を集めた最古のヴェーダ
『リグ・ヴェーダ』は、四大ヴェーダの中で最も古い文献です。
火の神アグニ、雷や戦いに関係するインドラなど、多くの神々への讃歌が収められています。
自然現象を神々の働きとしてとらえ、祈りや祭祀によって神々との関係を保とうとする考え方が、この時代の特徴です。
また、宇宙はどのように生まれたのか、世界の秩序とは何かといった問題について考える讃歌もあり、後のインド哲学につながる宇宙観や生命観の出発点を見ることができます。
ヨガそのものがここで体系化されているわけではありませんが、後にヨガ哲学で繰り返し問われる「世界とは何か」「人間はその中でどのような存在なのか」という問題の土台が作られていきます。
ヤジュル・ヴェーダ|祭祀を実践するためのヴェーダ
『ヤジュル・ヴェーダ』は、祭祀を実際に行う際に用いる言葉や手順を中心とした文献です。
どの場面でどのマントラを唱えるのか、どのように供物を捧げるのかなど、祭祀を正しく行うための具体的な方法が整理されています。
そのため、『リグ・ヴェーダ』が神々を讃える「言葉」を中心としているのに対し、『ヤジュル・ヴェーダ』はその言葉をどのように行為として実践するのかに重点を置いた文献と考えるとわかりやすいでしょう。
この時代には、正しい手順で行為することが宇宙や社会の秩序を保つために重要だと考えられていました。
後のヨガでは「どのように行為するのか」という問題が重要になりますが、その背景には、古代インドで行為そのものに宗教的・精神的な意味を見いだしていた伝統があったことがわかります。
サーマ・ヴェーダ|音と詠唱を重視するヴェーダ
『サーマ・ヴェーダ』は、祭祀で歌われる詠唱や旋律を中心とした文献です。
内容の多くは『リグ・ヴェーダ』の讃歌をもとにしていますが、それを祭祀の場でどのような旋律で歌うのかという点が重視されています。
つまり、『サーマ・ヴェーダ』では、言葉の意味だけではなく、声、音、リズム、詠唱そのものが宗教的な実践の一部になります。
現在のヨガでも、クラスの最初や最後に「オーム」を唱えたり、マントラを詠唱したりすることがあります。
もちろん、現在のヨガで行うマントラと『サーマ・ヴェーダ』をそのまま同一視することはできませんが、音や声を精神的な実践に用いる伝統が古代インドから続いていることは、ヨガの歴史を理解するうえで重要です。
アタルヴァ・ヴェーダ|病気・健康・長寿など日常生活に近い内容を含む
『アタルヴァ・ヴェーダ』は、四大ヴェーダの中ではやや性格の異なる文献です。
『リグ・ヴェーダ』『ヤジュル・ヴェーダ』『サーマ・ヴェーダ』が、神々への讃歌、祭祀、詠唱と深く結びついているのに対して、『アタルヴァ・ヴェーダ』には、病気、健康、長寿、家庭生活、災いを避けるための祈りなど、人間の日常生活に近い内容が多く含まれています。
病気を遠ざけるための祈りや長寿を願う言葉、植物などを用いた治療に関係する記述も見られます。
古代インドでは、病気や健康について考えることと、宗教的な祈りや儀礼は、現在のようにはっきり分かれていませんでした。
そのため、『アタルヴァ・ヴェーダ』を見ると、古代インドの人々が「どうすれば病気を避けられるのか」「どうすれば健康に長く生きられるのか」という問題にも関心を持っていたことがわかります。
ここで関係してくるのが、後に発展するインドの伝統医学アーユルヴェーダです。
ただし、『アタルヴァ・ヴェーダ』そのものがアーユルヴェーダなのではありません。
アーユルヴェーダは、その後さらに発展し、体質、食事、生活習慣、病気の原因、治療法などを体系的に扱う伝統医学として形成されていきます。
ヨガとアーユルヴェーダも同じものではありませんが、どちらもインドの長い思想的・文化的背景の中で発展し、身体や心、生活をどのように整えるのかという問題を扱ってきました。
アーユルヴェーダについては、以下の記事で基本的な考え方やヨガとの違い・関係を詳しく解説しています。
▶ アーユルヴェーダとは?ヨガとの関係や基本的な考え方をわかりやすく解説
このように四大ヴェーダを見ると、古代インドでは神々への祈り、祭祀という行為、音や詠唱、生命や健康への関心が、それぞれ重要なテーマであったことがわかります。
そして時代が進むと、人々の関心は「神々に何を捧げ、どのように祭祀を行うのか」という外側の行為だけでなく、「祭祀にはどのような意味があるのか」「人間の内側には何があるのか」という問題へ向かっていきます。
この変化をつなぐのが、次に登場するブラーフマナ(祭儀書)、アーラニヤカ(森林書)、ウパニシャッド(奥義書)です。
ヴェーダからウパニシャッドへ|外側の祭祀から内面の探究へ
ヨガの歴史を理解するうえでは、四大ヴェーダの名前以上に、その後インド思想の関心がどのように変わっていったのかが重要です。
ヴェーダのサンヒター(本集)に続いて、祭祀やその意味を説明するブラーフマナ(祭儀書)、より内面的・象徴的な意味を考えるアーラニヤカ(森林書)、そして哲学的なウパニシャッド(奥義書)へと思想が展開していきます。
ブラーフマナ(祭儀書)
ブラーフマナは、ヴェーダのマントラをどのように祭祀で用いるのか、その手順や意味を説明した文献です。
単に祈りの言葉を記すだけでなく、「この儀式にはどのような意味があるのか」という解釈が加わるようになります。
アーラニヤカ(森林書)
さらにアーラニヤカになると、関心は外側の儀式から、その象徴的・精神的な意味へと向かいます。
「森林書」という名が示すように、社会生活を離れて思索や修行を行う人々とも関係が深い文献です。
祭祀を外側で行うだけでなく、その意味を自分自身の内面で考えるようになったことは、後の瞑想や自己探究につながる大きな変化でした。
つまり、ブラーフマナからアーラニヤカを経て、外側の儀式から内側の精神世界へと関心が移っていったのです。
ウパニシャッド|自己探究・カルマ・輪廻・解脱がヨガ哲学につながる
ウパニシャッドは一つの時代に一度に成立した文献ではなく、長い期間にわたって作られてきました。最古層の主要なウパニシャッドは紀元前1千年紀に成立したと考えられています。
こうして外側の祭祀から人間の内面へと関心が移り、より哲学的な思想が展開されるようになったのがウパニシャッドです。
ウパニシャッドは一般に「奥義書」と訳され、師と弟子の対話などを通して、宇宙や生命、人間の本質について考察します。
ここでは、「自分とは何か」「宇宙とは何か」「なぜ人は生まれ、死ぬのか」「どうすれば輪廻から自由になれるのか」といった問題が中心になります。
これはヨガの歴史にとって非常に重要な転換です。
なぜなら、ヨガが目指すものが、単に神々へ祈ることではなく、自分自身の心や存在を深く見つめ、束縛から自由になることへと向かっていくからです。
ブラフマンとアートマン|「本当の自分」とは何か
ウパニシャッドを理解するうえで特に重要なのが、ブラフマンとアートマンです。
- ブラフマン:宇宙・世界の根本原理
- アートマン:人間の本質的な自己、真我
ウパニシャッドでは、宇宙の根本原理であるブラフマンと、人間の本質であるアートマンとの関係が深く探究されます。
両者が究極的に同一であるという考えは、日本語では「梵我一如(ぼんがいちにょ)」と表されます。
最古層のウパニシャッドの一つである『チャーンドーギヤ・ウパニシャッド』にも、父と子の対話を通して自己と世界の根本的な関係を教える有名な場面があります。
カルマ・輪廻・解脱|なぜヨガを実践するのか
ウパニシャッドでは、後のヨガを理解するうえで欠かせないカルマ(業)、輪廻、解脱の思想も重要になります。
カルマは本来「行為」を意味します。人間の行為は結果をもたらし、その結果が人間を生と死の繰り返しである輪廻に結びつけると考えられるようになります。
そして、この輪廻の束縛から自由になることが解脱(モークシャ)です。
ここで、後のヨガで何度も登場する大きな問題が見えてきます。
「人間は行為をしながら生きている。それなのに、どうすれば行為が生み出す束縛から自由になれるのか」という問題です。
この問いに対して、「現実社会の中でどのように行為し、生きればよいのか」を具体的に説いていく代表的な文献が、次の『バガヴァッド・ギーター』です。
ウパニシャッドやインドの聖典をもっと詳しく学びたい人へ
ここまで紹介してきたヴェーダやウパニシャッド、さらに次に解説する『バガヴァッド・ギーター』などをまとめて学びたい方には、インド哲学やヨガ哲学の入門書を併用すると理解しやすくなります。
『インドの聖典』|ヴェーダからバガヴァッド・ギーターまでまとめて学ぶ
『インドの聖典』は、ヴェーダやウパニシャッドだけでなく、『ラーマーヤナ』『マハーバーラタ』『バガヴァッド・ギーター』なども含め、インドの聖典と思想全体の流れを学びたい方に向いています。
一つ一つの経典を個別に覚えるのではなく、古代インドの思想がどのようにつながり、ヨガ哲学へ発展していったのかをまとめて理解したい場合に読みやすい本です。
Kindle版もあり、Kindle Unlimitedの対象になっている場合は読み放題で読めることもあります。
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『やさしく学ぶYOGA哲学 ウパニシャッド』|ヨガを学ぶ人向けの入門書
『やさしく学ぶYOGA哲学 ウパニシャッド』向井田みおは、ブラフマンやアートマンなど、初めて学ぶと難しく感じやすいウパニシャッドの思想を、ヨガを学ぶ人向けに理解しやすく解説しています。
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ここまでのヴェーダやウパニシャッドでは、宇宙や自己、カルマ、輪廻、解脱などが重要な問題となってきました。次に登場する『バガヴァッド・ギーター』では、こうした思想を背景にしながら、「現実の社会の中でどのように生き、行為するのか」という問題へヨガがさらに広がっていきます。
バガヴァッド・ギーター|現実の生活の中で実践するヨガ
『バガヴァッド・ギーター』は、古代インドの大叙事詩『マハーバーラタ』の一部です。成立年代には諸説ありますが、おおむね紀元前2世紀から紀元2世紀頃までの時期に形成された文献として考えると、ヨガの歴史の流れを理解しやすいでしょう。
ウパニシャッドで発展したアートマン、カルマ、輪廻、解脱などの思想を背景にしながら、「現実の社会の中で人間はどのように生き、行為すればよいのか」という問題を、より具体的に扱っているのが大きな特徴です。
物語は戦場を舞台にしています。
戦士アルジュナは、これから戦わなければならない相手の中に、自分の親族や尊敬する師、親しい人々がいることに気づき、戦うことに深く苦悩します。
「自分は戦うべきなのか。戦わない方が正しいのではないか」と迷うアルジュナに教えを説くのが、戦車の御者を務めているクリシュナです。
ここには、ウパニシャッドまでに深められてきた問題が、より現実的な形で現れています。
人間は社会の中で生きている以上、まったく行為せずに生きることはできません。
では、行為がカルマを生み輪廻につながるのであれば、「人間はどのように行為すれば、行為に束縛されずに生きることができるのか」。
『バガヴァッド・ギーター』では、この問題に対する道として、カルマヨーガ、ジニャーナヨーガ、バクティヨーガなどが説かれています。
これらの考え方すべてが『バガヴァッド・ギーター』で初めて生まれたという意味ではありませんが、行為・知識・信愛という異なる道を通して、現実の生活の中で解脱へ向かうヨガがわかりやすく説かれていることが、この文献の大きな特徴です。
カルマヨーガ|行為を捨てるのではなく、結果への執着を手放す
カルマヨーガは、『バガヴァッド・ギーター』で代表的に説かれるヨガの道の一つです。
「カルマ」は「行為」を意味します。
カルマヨーガで重要なのは、行為そのものをやめることではありません。
自分のなすべき行為を行いながら、「成功したい」「評価されたい」「この結果を得たい」といった結果への執着を手放していくことが重視されます。
したがって、カルマヨーガは「何もしないためのヨガ」ではなく、日常生活や仕事などの行為そのものをヨガの実践に変えていく考え方です。
ジニャーナヨーガ|知識によって本当の自己を知る
ジニャーナヨーガは、知識や智慧を通して真理を理解しようとする道です。
「自分だと思っているものは本当に自分なのか」「変化する身体や感情の奥にある本質的な自己とは何なのか」を探究します。
これは、ウパニシャッドで説かれてきたアートマンの探究とも深くつながっています。
バクティヨーガ|愛と献身によるヨガ
バクティヨーガは、神への信愛や献身を通して自己中心的な執着を超えていく道です。
『バガヴァッド・ギーター』では、クリシュナへの信愛も重要なテーマとなっています。
このように、ヨガはここで一つの修行方法だけを意味するものではなくなります。
行為を通して実践する道、知識を通して探究する道、信愛を通して進む道など、人間の性質や生き方に応じた複数のヨガが示されているのです。
また、ここでいうヨガは、現在のヨガスタジオで行うアーサナを中心としたヨガとはかなり異なります。
仕事、家事、人間関係など、現実の社会生活そのものの中で、どのように生き、行為するのかがヨガの問題になっています。
バガヴァッド・ギーターをもっと詳しく学びたい人へ
『いちばんていねいでいちばん易しいインド哲学 超入門「バガヴァッド・ギーター」』大塚和彦
アルジュナとクリシュナの物語から、バガヴァッド・ギーターの基本思想を学びたい人向けの入門書です。
ヨーガ・スートラ|古典ヨガの思想と実践が体系化される
ウパニシャッドや『バガヴァッド・ギーター』では、自己、解脱、行為、生き方などをめぐって、さまざまなヨガの考え方が発展してきました。
その後、ヨガを一つの哲学・実践体系として整理した代表的な古典が『ヨーガ・スートラ』です。
編纂者はパタンジャリとされ、成立年代については諸説ありますが、紀元後数世紀頃に成立した古典として位置づけられています。
「スートラ」とは、短い格言や定式を意味する言葉です。『ヨーガ・スートラ』は短い文章を積み重ねながら、ヨガとは何か、なぜ心は乱れるのか、どのように心を整え、集中と瞑想を深めていくのかを体系的に示しています。
伝統的には196のスートラから構成されるとされ、4つの章に分かれています。
ここで重要なのは、『ヨーガ・スートラ』の中心が、現在のヨガスタジオで行われるような多数のアーサナではないということです。
重視されているのは、心の働きを理解し、その動きに振り回されない状態へ進むことです。
つまり、この時代のヨガでは、身体運動よりも、心を整え、集中し、瞑想を深め、最終的に自由へ向かうことが中心になります。
ヨーガ・スートラは4章からなる
- 第1章 サマーディ・パーダ:ヨガとは何か、心の働き、サマーディについて
- 第2章 サーダナ・パーダ:ヨガを実践するための方法、クリヤヨガ、八支則など
- 第3章 ヴィブーティ・パーダ:集中・瞑想が深まった状態や、その過程で現れる特殊な能力について
- 第4章 カイヴァリヤ・パーダ:最終的な自由・独存について
この4章を通して、心がどのように働いているのかを理解し、実践を重ねながら、心の動きから自由になっていく道筋が示されています。
サーンキャ哲学との関係|「本当の自分」と心や身体を分けて考える
『ヨーガ・スートラ』を理解するうえで重要なのが、サーンキャ哲学との関係です。
サーンキャ哲学では、大まかにいえば、純粋な意識と、身体・感情・思考を含む自然的な働きを区別して考えます。
私たちは普段、身体や感情、考えていることを「自分そのもの」と感じています。
しかし、ヨーガ・スートラでは、心の働きを静めて観察することによって、変化する身体や心と、それを見ている本質的な自己を区別していく方向が重視されます。
そのため、ヨーガ・スートラの瞑想は、単なるリラックス法ではなく、「自分とは何か」を見極めるための実践でもあります。
サーンキャ哲学のプルシャとプラクリティの考え方や、ヨーガ・スートラとの関係については、以下の記事で詳しく解説しています。
▶ サーンキャ哲学とは?プルシャとプラクリティをわかりやすく解説
アシュタンガ=八支則とは
『ヨーガ・スートラ』で最もよく知られている実践体系が、アシュタンガ=八支則です。
「アシュタ」は「8」、「アンガ」は「枝・部分」を意味し、ヨガを深めていくための8つの実践を示しています。
- ヤマ(制戒):他者や社会との関係で慎むべきこと
- ニヤマ(勧戒):自分自身が実践すべきこと
- アーサナ(坐法):安定して保つことのできる姿勢
- プラーナーヤーマ(調気法):呼吸を調整する実践
- プラティヤーハーラ(制感):外に向いている感覚を内側へ向ける
- ダーラナー(集中):一つの対象へ意識を集中する
- ディヤーナ(瞑想):集中した状態が途切れずに続く
- サマーディ(三昧):さらに深い瞑想状態
現在のヨガで中心になっているアーサナは、八支則の一つにすぎません。
ヨーガ・スートラでは、まず日常生活での行動や自分自身の生活態度を整え、姿勢を整え、呼吸を整え、外へ向いている感覚を内側へ向け、そのうえで集中・瞑想へ進んでいきます。
つまり、ヨガは単に身体を柔らかくしたり、難しいポーズを行ったりするものではなく、生活、身体、呼吸、感覚、心、瞑想を段階的に整える実践として体系化されています。
八支則については、以下の記事でヤマ・ニヤマも含めて詳しく解説しています。
▶ ヨガの八支則とは?ヤマ・ニヤマからサマーディまで詳しく解説
ヨーガ・スートラのヨガは後世に「ラージャヨガ」と呼ばれる
ヨーガ・スートラに代表される、心の制御、集中、瞑想を重視するヨガは、後世になると「ラージャヨガ」と呼ばれるようになります。
「ラージャ」は「王」を意味するため、「王のヨガ」と訳されることがあります。
ただし、『ヨーガ・スートラ』そのものの中で、パタンジャリが自分の体系を「ラージャヨガ」と呼んでいるわけではありません。
後世のヨガ文献、とくにハタヨガの伝統の中で、心の制御やサマーディを重視するヨガを「ラージャヨガ」と呼び、ハタヨガとの関係を説明するようになります。
したがって、「ヨーガ・スートラ=最初からラージャヨガという名前の流派だった」と考えるのではなく、後世になってそのように整理されるようになった、と理解するとわかりやすいでしょう。
ヨーガ・スートラからハタヨガへ|身体と呼吸を使う実践が発達する
ヨーガ・スートラでは、心を整え、集中・瞑想を深めることが中心でした。
しかし、深い瞑想を行うためには、長時間安定して座ることができ、呼吸も落ち着いていなければなりません。
そこで後の時代になると、身体や呼吸そのものへ積極的に働きかけることで、心を整え、瞑想しやすい状態を作ろうとする実践が大きく発達していきます。
その代表が、次に紹介するハタヨガです。
つまり、ヨガの歴史の流れとして見ると、心や瞑想を中心とした古典ヨガに対して、身体と呼吸から心へ働きかける方法がより発達していったと考えることができます。
ヨーガ・スートラをもっと詳しく学びたい人へ
『やさしく学ぶYOGA哲学 ヨーガスートラ』向井田みお
ヨーガ・スートラを初めて学ぶ人にも比較的読みやすく、難しいヨガ哲学を現代の生活と結びつけながら理解したい方に向いています。
そのほかのヨーガ・スートラ関連書籍については、以下の記事にまとめています。
タントラの発展|5世紀頃以降に広がった身体観と修行
『ヨーガ・スートラ』に代表される古典ヨガから、中世のハタヨガへ進む間には、もう一つ重要な歴史的な流れがあります。
それがタントラです。
タントラ的な思想や実践は、紀元後5世紀頃から徐々に確認されるようになり、7~10世紀頃にかけてヒンドゥー教や仏教などの中で大きく発展しました。
タントラは、一人の人物が作った一つのヨガ流派ではありません。
マントラ、観想、儀礼、ムドラー、呼吸法などを用いる多様な宗教・思想・修行伝統の総称です。
ヨガの歴史を考えるうえで特に重要なのは、身体そのものを修行や変容のための重要な場として積極的にとらえる考え方が発達したことです。
ナーディ・チャクラ・クンダリニーとは?|伝統的な身体観
タントラや、その影響を受けたヨガの伝統では、現代医学の解剖学とは異なる「微細身」という身体観が発達しました。
ナーディは、生命エネルギーであるプラーナが流れると考えられた通り道です。
チャクラは、身体内部にあると考えられたエネルギーの中心です。
現在では「7つのチャクラ」という説明が広く知られていますが、歴史上のタントラやヨガ文献では、チャクラの数、位置、意味は必ずしも一つに統一されていません。
クンダリニーは、身体の基底部に潜在すると考えられた力・エネルギーを指します。
タントラや、その後のヨガの一部では、呼吸法、集中、ムドラーなどの修行を通して、クンダリニーを目覚めさせ、身体内部を上昇させるという考え方が発達しました。
なお、ナーディ、チャクラ、クンダリニーは、現代医学で確認される解剖学的な器官ではありません。タントラやヨガの伝統的な修行体系の中で用いられる身体観・概念です。
タントラから初期ハタヨガへ|身体と呼吸を積極的に使う実践が発達
こうした中世インドの宗教・修行文化を背景として、身体や呼吸へ積極的に働きかけるヨガの実践が発達していきます。
その重要な文献の一つが、11世紀頃に成立したと考えられている『アムリタシッディ』です。
『アムリタシッディ』は、後にハタヨガと呼ばれるようになる身体的なヨガの技法や原理を早い段階で示した重要文献で、仏教タントラの環境で成立したと考えられています。
その後、さまざまなヨガの伝統を取り込みながら、身体、呼吸、生命エネルギーへ働きかける実践が発達し、やがてハタヨガとして体系化されていきます。
そのため、ヨガ史を「ヨーガ・スートラ → いきなりハタヨガ」と見るのではなく、その間にタントラをはじめとする中世インドの多様な修行文化があり、そこから身体と呼吸をより積極的に使うヨガが発展していったと考えるとわかりやすいでしょう。
中世にハタヨガが発展|身体と呼吸から心へ働きかけるヨガへ
11世紀頃以降になると、身体と呼吸へ積極的に働きかけるハタヨガが発達していきます。
ハタヨガでは、身体を単に「心を入れておく器」として見るのではなく、身体そのものを修行の重要な手段として扱います。
アーサナによって身体を整え、プラーナーヤーマによって呼吸を調整し、さらにムドラーやバンダなどを用いることで、身体と呼吸をより深い集中や瞑想に適した状態へ導こうとします。
ここで重要なのは、ハタヨガは単に身体を鍛えたり、柔軟性を高めたりするために生まれたヨガではないということです。
身体や呼吸へ働きかけることで心を安定させ、最終的には深い瞑想やサマーディへ向かうことが、伝統的なハタヨガの重要な目的でした。
こうした身体を積極的に使うヨガの流れが、後の近代ヨガ、そして現在のアーサナ中心のヨガへつながっていきます。
ハタ・ヨーガ・プラディーピカーとは
ハタヨガを代表する古典が『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』です。
15世紀頃にスヴァートマーラーマによってまとめられたとされ、それ以前から伝わっていたさまざまなハタヨガの実践を整理した文献です。
「プラディーピカー」は「灯火」「光を当てるもの」といった意味を持ち、ハタヨガの実践を明らかにするための教典という意味合いがあります。
『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』は4章から構成され、アーサナだけではなく、呼吸法、身体内部へ働きかける技法、瞑想まで扱っています。
- 第1章:アーサナ、食事、修行に適した環境など
- 第2章:プラーナーヤーマ、浄化法など
- 第3章:ムドラー、バンダ、クンダリニーなど
- 第4章:サマーディ、ラージャヨガへ向かう実践
この構成からもわかるように、『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』は単なる「ポーズ集」ではありません。
身体を整えることから始まり、呼吸、身体内部への働きかけ、そして最終的には瞑想・サマーディへ進むという一連の実践がまとめられています。
アーサナ|身体を瞑想に適した状態へ整える
アーサナは、現在では一般に「ヨガのポーズ」として知られています。
しかし、伝統的なハタヨガでは、柔軟性を高めたり、見た目の美しいポーズを完成させたりすることだけが目的ではありません。
身体を安定させ、呼吸法や瞑想を長く行うことのできる状態へ整えていくことが重要でした。
プラーナーヤーマ|呼吸を整えて心へ働きかける
プラーナーヤーマは、呼吸を調整する実践です。
伝統的なヨガでは、呼吸と心の状態は深く関係すると考えられてきました。
呼吸を整えることによって、身体と心を静かな状態へ導き、集中や瞑想へ進みやすい状態を作ろうとします。
ムドラーとバンダ|身体内部へ働きかける技法
ムドラーは、身体や手などを一定の形に保つことで、身体内部へ働きかけようとする技法です。
現在は手や指で作る形をムドラーと呼ぶことが多いですが、伝統的なハタヨガでは、身体全体を使った技法も含まれます。
バンダは、身体の特定部分を締めたり引き上げたりする技法です。
ハタヨガでは、プラーナーヤーマやムドラー、バンダなどを組み合わせながら、身体内部の生命エネルギーへ働きかけると考えられてきました。
タントラの身体観はハタヨガで具体的な実践へつながる
タントラで発達したナーディ、チャクラ、クンダリニーなどの身体観は、後のハタヨガにも取り入れられていきました。
ハタヨガでは、こうした身体観を背景として、プラーナーヤーマ、ムドラー、バンダなどを使い、身体と呼吸へ具体的に働きかける実践が発達します。
たとえばプラーナーヤーマでは呼吸を調整し、ムドラーやバンダでは身体の特定部分へ働きかけながら、伝統的な考え方ではプラーナの流れを整えることを目指しました。
さらに『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』では、こうした実践とクンダリニーの覚醒が結びつけて説明されています。
つまり、タントラの段階で発達した「身体内部にも修行の対象となる微細な世界がある」という考え方が、ハタヨガでは呼吸法やムドラー、バンダなどを伴う具体的な修行方法へとつながっていったのです。
この点を見ると、ハタヨガは単にポーズの数を増やしたヨガではなく、身体、呼吸、生命エネルギー、集中、瞑想を一つの実践体系として結びつけていったヨガであることがわかります。
ハタヨガは何を目指すのか|ラージャヨガとの関係
ハタヨガとラージャヨガの違いを非常にわかりやすく言えば、ハタヨガは「身体のヨガ」、ラージャヨガは「心のヨガ」と考えることができます。
ハタヨガでは、アーサナ、プラーナーヤーマ、ムドラー、バンダなどを使い、まず身体と呼吸を整えていきます。
一方、ラージャヨガでは、心を集中させ、瞑想を深め、最終的にサマーディへ向かうことが重視されます。
ただし、この二つは完全に切り離された別々のヨガではありません。
『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』では、身体と呼吸を整えるハタヨガの実践を通して、心をより深い集中や瞑想へ導き、ラージャヨガへ進むという関係が示されています。
つまり、まずハタヨガで身体と呼吸を整え、その先でラージャヨガとして心を静めていく、という流れです。
このように考えると、ハタヨガは単なるストレッチや体操ではなく、身体を入り口として、最終的に心の集中や瞑想へ向かうためのヨガであることがわかります。
そして、この身体を積極的に使うハタヨガの流れが、後の近代ヨガ、さらに現在のアーサナ中心のヨガへとつながっていきます。
ハタヨガをもっと詳しく学びたい人へ
『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー 前編』向井田みお
『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー 後編』向井田みお
ハタヨガの古典を日本語で読みながら、アーサナ、呼吸法、ムドラー、ラージャヨガとの関係まで詳しく学びたい方に向いています。
近代ヨガの誕生|現在のポーズ中心のヨガはどう生まれた?
ここまでヨガの歴史をたどってくると、古代から中世までのヨガと、現在ヨガスタジオで行われているヨガには大きな違いがあることがわかります。
『ヨーガ・スートラ』では心の制御や瞑想が中心であり、中世のハタヨガでも、アーサナや呼吸法は最終的に瞑想や解脱へ向かうための実践として位置づけられていました。
一方、現在では「ヨガ」と聞くと、立位、前屈、後屈、ねじり、逆転など、さまざまなアーサナを組み合わせて身体を動かすヨガを思い浮かべる人が多いでしょう。
では、このような現在のヨガはいつ生まれたのでしょうか。
大きな転換が起きるのが、19世紀末から20世紀前半です。
この時代、インドの伝統的なヨガは、それまでのハタヨガだけでなく、インド国内の身体文化、体操、身体訓練、健康法などとも接触しながら、新しい形へ変化していきました。
その結果、アーサナの種類や組み合わせが増え、身体を大きく動かす「近代ポーズヨガ」と呼べる流れが発達していきます。
つまり、現在のヨガスタジオで行われているヨガは、中世のハタヨガがそのまま何百年も変わらず伝わったものではありません。
古代・中世のヨガの思想や実践を受け継ぎながら、近代になって身体文化や社会の変化を取り込み、新しいヨガが作られていったと考えると、現在のヨガの姿が理解しやすくなります。
ヴィヴェーカーナンダ|まず欧米へ広がったのはポーズではなくヨガ思想
近代ヨガの歴史で最初に押さえておきたい人物の一人が、スワミ・ヴィヴェーカーナンダです。
ヴィヴェーカーナンダは1893年、アメリカ・シカゴで開催された世界宗教会議に参加し、その後アメリカやヨーロッパでインド思想を紹介しました。
ここで重要なのは、ヴィヴェーカーナンダが西洋へ紹介した「ヨガ」は、現在のヨガスタジオのような多数のポーズを行うヨガではなかったという点です。
むしろ重視されたのは、瞑想、心のコントロール、精神的な修行、ヴェーダーンタなどのインド哲学でした。
ヴィヴェーカーナンダは1896年に『Raja Yoga』を出版し、パタンジャリのヨーガ思想を西洋の読者へ紹介しました。
したがって、ヨガが欧米へ広がり始めた最初の段階では、「ヨガ=ポーズ」ではなく、「ヨガ=精神・瞑想・哲学」という性格が強かったのです。
その後20世紀に入ると、この状況が大きく変化し、アーサナを中心とする身体的なヨガが急速に発展していきます。
パラマハンサ・ヨガナンダ|クリヤヨガと瞑想を西洋へ広める
20世紀にヨガが欧米へ広がる過程で重要な人物の一人が、パラマハンサ・ヨガナンダ(Paramahansa Yogananda、1893~1952年)です。
ヨガナンダは1920年にアメリカへ渡り、同年にSelf-Realization Fellowship(SRF)を設立しました。
彼が西洋へ広めた中心的な実践がクリヤヨガ(Kriya Yoga)です。身体を大きく動かすアーサナよりも、呼吸、生命力のコントロール、集中、瞑想などを重視する流れでした。
つまり、20世紀のヨガがすべてポーズ中心へ向かったわけではありません。クリシュナマチャリア系で近代ポーズヨガが発達する一方、ヨガナンダは瞑想・呼吸・精神的修行を中心とするヨガを西洋へ広めました。
1946年に出版された『あるヨギの自叙伝(Autobiography of a Yogi)』も、ヨガやインド思想を世界に紹介するうえで大きな影響を与えました。
1918~1924年|ヨガの一般化と科学的研究も進む
同じ20世紀初頭のインドでは、ヨガを一般生活者へ広げる動きや、科学的に研究する動きも進んでいました。
1918年にはシュリ・ヨーゲンドラがThe Yoga Instituteを設立し、仕事や家庭を持つ一般の人々にもヨガを広げようとしました。
1924年にはスワミ・クヴァラヤーナンダがKaivalyadhamaを設立し、プラーナーヤーマや浄化法などのヨガ実践を生理学的に研究する流れを本格化させます。
20世紀前半|アーサナを中心とする近代ポーズヨガが発達
20世紀前半のインドでは、ヨガと身体文化の関係が大きく変化しました。
伝統的なアーサナに加えて、インドの運動文化や体操、近代的な身体訓練などの要素が取り込まれ、健康で強い身体を作る方法としてのヨガも重視されるようになります。
この時代に、現在のヨガにつながる多数の立位ポーズや動的なシークエンスなどが発展していきます。
その中心人物の一人がT・クリシュナマチャリアです。
クリシュナマチャリア|現代の多くのヨガ流派につながる人物
T・クリシュナマチャリアは、現代ヨガの発展に非常に大きな影響を与えた人物です。
1930~1940年代を中心に、インド南部のマイソール宮殿でヨガを指導しました。
クリシュナマチャリアのヨガでは、伝統的なヨガの思想や呼吸法を基礎としながら、アーサナを連続して行う動的な実践や、身体能力を高める要素も大きく取り入れられました。
特に重要なのは、クリシュナマチャリア自身の名前を冠した一つのヨガ流派が世界を支配したのではなく、彼から学んだ弟子たちが、それぞれ異なるヨガを発展させたことです。
- B.K.S.アイアンガー:アライメントを重視するアイアンガーヨガ
- K.パタビ・ジョイス:動きを連続させるアシュタンガ・ヴィンヤサ・ヨガ
- インドラ・デヴィ:欧米の一般層、とくに女性にもヨガを広める
- T.K.V.デシカチャー:一人ひとりの身体や目的に合わせて実践を変える考え方を発展させる
つまり、現在世界中で行われているヨガのいくつもの流れをたどると、クリシュナマチャリアとその周辺へ行き着くことになります。
アイアンガーヨガ|正確なアライメントと補助具を重視
B.K.S.アイアンガーが発展させたのが、現在「アイアンガーヨガ」と呼ばれているヨガです。
アイアンガーヨガの大きな特徴は、身体の位置=アライメントを非常に細かく確認しながらアーサナを行うことです。
単に「ポーズの形を作る」のではなく、足、膝、骨盤、背骨、肩などがどの位置にあるのかを細かく意識します。
また、身体が硬い人や筋力が十分でない人でも適切な姿勢を取りやすくするために、ブロック、ベルト、ブランケット、椅子などの補助具を活用する方法も発展させました。
現在、多くのヨガスタジオで当たり前のように使われているブロックやベルトも、こうした近代ヨガの発展と深く関係しています。
1966年に出版されたアイアンガーの『Light on Yoga』は、多数のアーサナを写真と解説で紹介した代表的なヨガ書となり、世界中のヨガ実践者に大きな影響を与えました。
ここでは、ヨガが「師から直接教わる修行」だけでなく、写真を見ながらポーズを学べるものへ変化したことも重要です。
アシュタンガ・ヴィンヤサ・ヨガ|呼吸と動きを連動させる動的なヨガ
K.パタビ・ジョイスが広めたのが、アシュタンガ・ヴィンヤサ・ヨガです。
このヨガでは、決められた順番でアーサナを行い、呼吸と身体の動きを連動させながら、次々とポーズをつないでいくことが特徴です。
一つのポーズを長く静止して行うというよりも、呼吸に合わせて流れるように身体を動かすため、運動量も比較的多くなります。
現在ヨガスタジオでよく行われているヴィンヤサヨガや、よりフィットネス色の強いパワーヨガにも、この動的なヨガの流れは大きな影響を与えました。
なお、ここでいう「アシュタンガ・ヴィンヤサ・ヨガ」と、『ヨーガ・スートラ』に登場した「アシュタンガ=八支則」は同じものではありません。
「アシュタンガ」はどちらも「8つの枝」を意味しますが、現代の「アシュタンガ・ヴィンヤサ・ヨガ」は、パタビ・ジョイスによって広められた具体的なアーサナ実践の体系を指します。
ヴィンヤサヨガ|決められたシリーズから自由なシークエンスへ
アシュタンガ・ヴィンヤサ・ヨガでは、基本的に決められたシリーズを順番に練習します。
一方、その後世界中に広がったヴィンヤサヨガでは、呼吸と動きを連動させる考え方を受け継ぎながら、インストラクターがさまざまなアーサナを組み合わせてシークエンスを作るスタイルが一般的になりました。
現在のヨガスタジオで「ヴィンヤサ」「フローヨガ」などと呼ばれているクラスは、この流れの中に位置づけることができます。
つまり、現在よく見る「呼吸に合わせて次々とポーズを行うヨガ」も、古代からそのまま存在していたわけではなく、近代以降に発展したヨガなのです。
デシカチャー|一人ひとりに合わせるヨガへ
クリシュナマチャリアの息子であるT.K.V.デシカチャーも、現代ヨガに大きな影響を与えました。
デシカチャーの流れでは、全員が同じポーズや同じ順番を行うのではなく、年齢、体力、健康状態、目的などに応じてヨガの内容を変えることが重視されます。
アーサナだけでなく、呼吸法、瞑想、マントラなども、その人に応じて組み合わせていきます。
こうした考え方は、ヨガを「決められたポーズを正しくできる人だけのもの」ではなく、一人ひとりに合わせて調整できる実践として考えるうえで重要な流れとなりました。
インドラ・デヴィ|ヨガを欧米の一般女性にも広げる
インドラ・デヴィもクリシュナマチャリアから学んだ人物の一人です。
その後、中国やアメリカなどでヨガを指導し、特に欧米で一般の人々へヨガを広めました。
それまでのヨガには、修行者や男性を中心としたイメージも強くありましたが、インドラ・デヴィらの活動によって、女性が健康や美容、心身の調整のために行うヨガという新しいイメージも広がっていきます。
こうしてヨガは、宗教家や修行者だけが行うものではなく、一般の人が日常生活の中で行う健康法・ウェルネスへと大きく広がっていきました。
スワミ・シヴァナンダ|複数のヨガの道を生活の中で統合
20世紀のヨガ史では、クリシュナマチャリアの流れとは別に、スワミ・シヴァナンダ(1887~1963年)の系統も重要です。
シヴァナンダはリシケシを拠点に、アーサナやプラーナーヤーマだけでなく、カルマヨガ、バクティヨガ、ラージャヨガ、ジュニャーナヨガなどを統合して実践することを説きました。
この考え方は「Yoga of Synthesis(統合のヨガ)」として知られ、弟子たちを通して世界各地へ広がっていきます。
スワミ・サッチダナンダ|Integral Yogaをアメリカへ広める
シヴァナンダの弟子の一人であるスワミ・サッチダナンダ(Swami Satchidananda、1914~2002年)も、1960年代以降のアメリカでヨガを広めた重要な人物です。
1966年にニューヨークでIntegral Yoga Instituteを設立し、ハタヨガ、ラージャヨガ、バクティヨガ、カルマヨガ、ジュニャーナヨガなどを統合するIntegral Yogaを広めました。
1969年にはWoodstock Music Festivalの開会スピーチを行い、平和や調和について語ったことで、当時のアメリカの若者世代にもヨガや東洋思想が広く知られるようになります。
この流れを見ると、20世紀の欧米ヨガは「身体を鍛えるポーズヨガ」だけではなく、瞑想、哲学、奉仕、宗教間理解、生活全体を含むヨガにも広がっていたことがわかります。
近代ヨガで何が変わったのか
近代ヨガの変化を整理すると、現在のヨガにつながるいくつもの特徴が、この時代にはっきり現れます。
- アーサナの種類が増え、身体を大きく動かすようになった
- 呼吸と動きを連続させるヴィンヤサ型の実践が発達した
- 身体の位置やアライメントを細かく意識するヨガが発達した
- ブロックやベルトなどの補助具を使うようになった
- 一人ひとりの身体や目的に合わせてヨガを調整する考え方が発達した
- ヨガが修行者だけでなく一般の人、女性、海外の人々へ広がった
- 健康・美容・身体づくりという目的でもヨガが行われるようになった
こうして、古代の瞑想や哲学を中心としたヨガ、中世のハタヨガ、そして20世紀の身体文化が重なり合いながら、現在私たちがヨガスタジオで行っている多様なヨガの原型が形成されていきました。
現在行われているハタヨガ、アシュタンガヨガ、ヴィンヤサヨガ、陰ヨガなどの違いについては、以下の記事で詳しく解説しています。
1999年|Yoga AllianceとRYTが生まれる
ヨガが世界的に広がり、ヨガスタジオや指導者養成講座が増えると、「ヨガを教える人は何をどの程度学んでいればよいのか」という問題も生まれました。
こうした背景から、1999年にYoga Allianceが設立され、ヨガスクールやヨガ教師のための自主的な登録制度が整えられていきました。
現在よく知られているRYT200、RYT500などは、このYoga Allianceの登録制度です。古代インドから続く「伝統的なヨガ資格」ではなく、世界中でヨガ指導者や養成講座が増えた近現代だからこそ生まれた仕組みです。
日本におけるヨガの歴史|沖ヨガ・ヨーガ禅からホットヨガまで
日本では現在、ヨガは健康やフィットネスとして広く定着しています。
しかし、日本におけるヨガの歴史をたどると、最初から現在のようなスタジオ型のヨガが広まったわけではありません。
日本では、古くは仏教を通して「瑜伽」という言葉が伝わり、近代以降になるとインド哲学や精神修養としてのヨガが紹介されました。
戦後になると、ヨガは健康法、呼吸法、精神修養、生活改善などと結びつきながら一般の人にも広がっていきます。
さらに1990年代にはヨガや瞑想を取り巻く社会的イメージが大きく変化し、2000年代以降になると、今度は美容やフィットネスとしてのヨガが急速に普及しました。
つまり、日本のヨガ史は、宗教・修行としてのヨガから、健康法・生活法としてのヨガへ、そしてフィットネス・ウェルネスとしてのヨガへと、受け止められ方が大きく変化してきた歴史でもあります。
「瑜伽」という言葉は仏教を通して古くから日本に伝わった
サンスクリット語の「yoga」は、仏教では「瑜伽(ゆが)」と音写されました。
そのため、日本には「ヨガ」というカタカナの言葉が広まるはるか以前から、「瑜伽」という言葉そのものは伝わっていました。
ただし、この「瑜伽」は現在のヨガスタジオで行うポーズ中心のヨガとは異なります。
仏教における瑜伽は、心を集中し、瞑想や修行を通して精神的な境地へ進むことと深く関係していました。
つまり、日本に最初に伝わった「ヨガ」は、身体を動かす健康法というよりも、精神修行や瞑想に近いものだったと考えるとわかりやすいでしょう。
20世紀前半|ヨガがインド哲学や健康法として紹介される
20世紀になると、インドの宗教や哲学への関心が高まり、日本でもヨガが少しずつ紹介されるようになります。
この段階では、現在のような大規模ヨガスタジオやフィットネスクラスがあったわけではありません。
ヨガは、インド哲学、呼吸法、精神修養、健康法などと結びついたものとして受け取られていました。
そして戦後になると、日本独自の考え方を取り入れながらヨガを広める指導者が登場します。
沖正弘と沖ヨガ|日本独自の「生活全体をヨガとする」考え方
戦後の日本でヨガを広めた重要な人物の一人が沖正弘(1921~1985年)です。
沖正弘は、インドのヨガだけをそのまま日本へ持ち込んだのではありません。
日本の伝統文化、武道、東洋医学、食事法、生活習慣なども取り入れながら、独自の総合的なヨガ体系を発展させました。
これが「沖ヨガ」です。
沖ヨガの大きな特徴は、ヨガを「ポーズや呼吸法を行う時間」だけに限定しないことです。
身体の動かし方、呼吸、食事、睡眠、生活習慣、人間関係、心の持ち方など、日常生活そのものをヨガとして整えていくことを重視しました。
その意味で、沖ヨガは現在の「スタジオで1時間ポーズを行うヨガ」とはかなり異なります。
むしろ、古代のヨガにあった「生き方そのものを整える」という考え方を、日本の生活文化に合わせて再構成したヨガと考えることができます。
1962年には沖正弘の『ヨガの楽園』が出版され、後に『ヨガ入門』と改題されました。
この本はヨガ入門書として広く読まれ、日本でヨガを一般に知られるものにするうえで大きな役割を果たしました。
さらに1979年には国際総合ヨガ日本協会が設立され、1980年には第1回国際総合ヨガ世界大会が開催されました。
この頃になると、ヨガは個人の修行だけではなく、指導者を育て、組織的に普及させる段階へ進んでいきます。
佐保田鶴治とヨーガ禅|古典ヨガを日本語で学べるようにした
日本のヨガ史でもう一人重要なのが、インド哲学者の佐保田鶴治(1899~1986年)です。
佐保田鶴治は、大学でインド哲学を研究する研究者であると同時に、自らもヨガを実践し、指導を行いました。
そのヨガは「ヨーガ禅」と呼ばれ、アーサナや呼吸法だけではなく、ヨガ哲学や瞑想を重視する点に特徴があります。
佐保田鶴治の大きな功績の一つは、ヨガの古典を日本語で学べる環境を作ったことです。
『ヨーガのすすめ』『ヨーガ根本教典』『解説ヨーガ・スートラ』などを通して、『ヨーガ・スートラ』やハタヨガの古典を日本の読者へ紹介しました。
現在では日本語でヨガ哲学を学べる本が数多くありますが、当時は原典や古典に基づいてヨガを日本語で理解できる資料は現在ほど豊富ではありませんでした。
その意味で、佐保田鶴治は「ヨガをする」だけではなく、「ヨガ哲学を日本語で学ぶ」ための基盤を作った人物でもあります。
1982年にはNHK教育テレビ「初歩のヨーガ」13回シリーズに出演し、ヨガが一般家庭にも知られる大きなきっかけとなりました。
1970~1980年代|ヨガが健康法・生活法として一般家庭へ広がる
1970年代から1980年代になると、ヨガは一部の修行者や研究者だけのものではなくなっていきます。
沖ヨガやヨーガ禅などを通して、ヨガ教室、カルチャーセンター、書籍、雑誌、テレビなどで一般の人がヨガに触れる機会が増えました。
ただし、この時代の日本のヨガは、現在のような「エクササイズとしてのヨガ」だけではありません。
健康法、呼吸法、精神修養、食生活、生活改善、心身のバランスなど、非常に幅広いものとして受け入れられていました。
つまり、この頃の日本では「ヨガをする」ということは、単にポーズを練習するだけではなく、健康的な生活や心のあり方を学ぶこととも結びついていたのです。
1995年|オウム真理教事件とヨガ・瞑想を取り巻くイメージの変化
日本のヨガの歴史を考えるうえで、1990年代半ばも無視できません。
オウム真理教は、活動の中でヨガ、瞑想、修行などの言葉や実践を取り入れており、1995年3月20日に地下鉄サリン事件を起こしました。
この事件は日本社会に大きな衝撃を与えました。
事件後には、「ヨガ」「瞑想」「修行」といった言葉に、宗教団体やカルトを連想する人もいたと考えられます。
もちろん、古代インドから数千年にわたって発展してきたヨガそのものと、オウム真理教はまったく別です。
それでも、日本社会の中でヨガや瞑想がどのように受け止められるかという点では、1990年代半ばは一つの転換点となりました。
私自身もオウム事件後に一度ヨガから離れました。
私自身も、オウム真理教事件以前からヨガを行っていました。
しかし事件後は、ヨガや「修行」という言葉にそれまでとは違った印象を持つようになり、しばらくヨガから距離を置きました。
その時期には、むしろ気功や太極拳へ関心を移しました。
これはあくまで私自身の経験であり、日本全体のヨガ人口の変化を示すものではありません。
ただ、事件以前からヨガを行っていた一人として、1990年代半ばを境に「ヨガ」や「修行」という言葉から受ける印象が変わったことを覚えています。
こうした個人的な経験から見ても、2000年代以降に「宗教・修行」よりも「美容・健康・フィットネス」を前面に出したヨガが急速に広がったことは、大きな変化でした。
2000年代|「修行」から美容・健康・フィットネスへ
2000年代になると、日本のヨガを取り巻く状況は再び大きく変化します。
海外でのヨガ人気なども背景となり、日本でもヨガが美容、柔軟性、ダイエット、運動不足解消、ストレス解消、健康維持などと結びつけて紹介されるようになります。
ここで、ヨガの社会的な見え方そのものが変わっていきます。
1970~1980年代には「精神修養」「生活改善」「健康法」といったイメージも強かったヨガが、2000年代には「スタジオに通って身体を動かす、おしゃれで健康的な運動」というイメージでも受け入れられるようになりました。
女性向けのヨガスタジオやヨガウェア、ヨガ雑誌なども増え、ヨガは日常的なウェルネスの一つとして定着していきます。
2004年以降|ホットヨガがヨガ人口を大きく広げる
日本のヨガ市場を考えるうえで、大きな変化の一つがホットヨガの普及です。
ホットヨガスタジオLAVAは、2004年12月に東京・渋谷に1号店をオープンしました。
ホットヨガでは、高温多湿のスタジオでアーサナを行います。
これによって、ヨガに関心を持つ層もさらに広がりました。
インド哲学や瞑想を学びたい人だけでなく、運動不足解消、美容、発汗、ストレス解消、身体を動かす習慣づくりを目的とする人も、ヨガスタジオへ通うようになります。
また、駅の近くに大型スタジオが増えたことで、仕事帰りや買い物のついでにヨガへ通うというスタイルも一般化しました。
ここでヨガは、特別な修行として行うものから、日常生活の中で定期的に行うフィットネスへとさらに大きく広がったと考えることができます。
現在|ヨガは再び多様なものになっている
現在では、日本で行われているヨガも非常に多様です。
ハタヨガ、アシュタンガヨガ、ヴィンヤサヨガ、陰ヨガ、ホットヨガ、リラックスヨガ、シニアヨガなど、目的や運動量の異なるさまざまなヨガがあります。
また、フィットネスを目的とする人がいる一方で、ヨガ哲学、瞑想、呼吸法、マインドフルネスなどを深く学ぶ人もいます。
つまり現在の日本のヨガは、単純に「伝統的なヨガからフィットネスヨガへ置き換わった」のではありません。
古典ヨガ、アーサナ中心のヨガ、健康法、瞑想、ウェルネスなど、異なる目的のヨガが同時に存在しているのが現在の特徴です。
たとえば、ポーズを比較的長く保持しながら静かに身体と向き合う陰ヨガも、現在広く行われているヨガの一つです。
現在行われているヨガの種類については、以下の記事でまとめています。
ヨガを体系的に学び、指導する人も増えた
ヨガが一般に広がる一方で、現在ではヨガを体系的に学び、指導する人も増えています。
ヨガインストラクター養成講座では、アーサナの指導法だけでなく、解剖学、呼吸法、ヨガ哲学、八支則、『ヨーガ・スートラ』などを学ぶ講座もあります。
代表的な資格の一つが、全米ヨガアライアンスのRYT200やRYT500です。
私自身もRYT500を取得してヨガを学び直しましたが、現代のインストラクター養成で古典ヨガや哲学を学ぶと、現在行っているアーサナと、この記事でたどってきた数千年のヨガ史がつながって見えるようになります。
これからRYT200を学ぶ場合は、通学だけでなくオンライン対応のスクールもあります。仕事や家庭と両立しながら学びたい方は、受講方法も比較すると選びやすくなります。
費用を重視する場合は、スクールごとの受講料、受講期間、サポート内容なども確認しておくとよいでしょう。
すでにRYT200を修了し、さらにヨガ哲学、解剖学、指導法などを深めたい場合はRYT500という選択肢もあります。
ヨガ哲学、アーサナ、解剖学、指導法まで体系的に学びたい方には、アンダーザライトの養成講座も一つの選択肢です。
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ヨガの歴史まとめ|経典・哲学・身体実践が重なって現在のヨガが生まれた
ヨガの歴史を古代インドから現代までたどると、ヨガが一つの固定された形で存在してきたわけではないことがわかります。
ヴェーダ文化では、祭祀や宇宙の秩序について考えられていました。
その後、アーラニヤカやウパニシャッドになると、関心は外側の儀式から人間の内側へ向かい、ブラフマン、アートマン、カルマ、輪廻、解脱といった後のヨガ哲学の中心となる思想が深められていきました。
『バガヴァッド・ギーター』では、その哲学が現実の生き方と結びつき、行為、知識、信愛などのヨガが説かれます。
そして『ヨーガ・スートラ』では、日常生活から姿勢、呼吸、集中、瞑想までを含む古典ヨガの実践が体系化されました。
その後、タントラの諸伝統では、マントラ、ムドラー、チャクラ、ナーディ、クンダリニーなどの身体観や実践が発達し、それらの一部は中世のハタヨガへ受け継がれていきました。
中世のハタヨガになると、身体や呼吸へ積極的に働きかける修行法が発達し、現在の身体を使ったヨガにつながる大きな流れが生まれます。
さらに近代になると、ヴィヴェーカーナンダ、ヨガナンダ、クリシュナマチャリア、シヴァナンダ、サッチダナンダなど、異なる系統の指導者によってヨガが欧米へ広がりました。
そこでは、アーサナ中心の近代ポーズヨガだけでなく、瞑想、クリヤヨガ、奉仕、哲学、統合的な生活法など、複数のヨガの方向性が並行して発展していきました。
日本でも、沖ヨガやヨーガ禅などを通してヨガが広まり、1990年代の社会的なイメージの変化を経て、2000年代以降はホットヨガやフィットネスとして再び幅広く普及しました。
現在のヨガだけを見ると「ヨガ=ポーズ」と思われがちです。
しかしその歴史をたどると、ヨガとは本来、身体だけではなく、呼吸、心、自己、行為、生き方までを含む非常に幅広い思想と実践として発展してきたことがわかります。

