【ヨガ哲学:欲を手放し執着しない】アッビャーサとヴァイラーギャ

アッビャーサ(修習)とヴァイラーギャ(離欲)とは?

ヨガスートラには一定の努力(アッビャーサ)をしたらそれを手放す (ヴァイラーギャ)という思想があります。

なんか矛盾することを言っているようですが、 これは今流行りの「断捨離」にも通じるものがあります。

アッビャーサとは 修習・常習と訳され、繰り返しの練習することを意味します。

ヴァイラーギャとは見極め ・離欲・無執着などと訳され、欲・執着を手放すことを意味します。

さらに、ヴァイラーギャにはアパラ・ヴァイラーギャという努力で達成できる4段階の見極めがあります。

  • 第1段階 ヤタマーナ・ヴァイラーギャ
  • 第2段階 ヴャティレーカ・ヴァイラーギャ
  • 第3段階 アイキェーンドリヤ・ヴァイラーギャ
  • 第4段階 ヴァシーカーラ・ヴァイラーギャ

さらに、この4段階の後に起こるパラ・ヴァイラーギャ(完全な見極め)があります。

ここではこれらについて詳しく解説します。

自己紹介
ヨガを英語教育に取り入れてTPRの教授法を確立したいと思い、ヨガのインストラクターの資格(全米ヨガアライアンスRYT500)を取得し、ヨガのインストラクターになりました。(本業は大学の教員です)

アビヤーサとは修習・繰り返しの練習

アッビャーサ とは修習・常習・または繰り返しの練習と訳されます。

つまり、長い間繰り返し努力し続けること(繰り返しの練習)が大切という教えです。

ヨガの学びは一生続きます。

絶え間なく努力し続ける必要があるということです。

ヴァイラーギャとは見極め(欲を手放す・執着しない)

瞑想

ところが、 アッビャーサ (続ける)することで人は欲が出てきます。

生き抜くための本能が、もっと上を見てもっと先を見るように働くからです。

もっともっとと追い求めるとアパリグラハ=不貪執着に繋がっていきます。

そのためヨガでは、一定の努力をしたらそれを手放す ・執着しない(ヴァイラーギャ)ことが必要とされています。

ヨガは物や人に対して客観的にあるがままを受け止める態度を養うことを目標とします。

そのために私たちが養うべき大事な質がヴァイラーギャ(見極め)また、離欲・無執着とも訳され、執着心に捕われない、欲から離れた心を意味している言葉です。

つまり、無性に欲しがる気持ちがはがれ落ちることです。

無理やり諦めるのわけではなく握りしめていた欲しがる気持ちが滑り落ちる感じです。

人生において、主役であるはずの私たちが、物に支配され、他人に生き方をコントロールされてしまうような生き方では、貴重な人生が奪われ、苦悩や不安で心がいつも苦しくなってしまいます。

したがって、ヨガでは、外の物に対する適切な距離感を保つ必要性を説きます。

自分の考えをバランスを保つように整理して、冷静なスペースを空けて自由を保つ必要があります。

自分自身の中心で、進むべき目的に向かって真っすぐ進み、自分を見失わず、前向きに努力すると同時に、物事をありのままに見ることは大事なことで、物や人に過剰な期待を上乗せした欲望に駆られると、物事のありがたみが見えなくなっていきます。

つまり、アッビャーサ(繰り返しの練習)とヴァイラーギャ(見極め)の両方があってはじめて成功に導くことができるのです。

アパラ・ヴァイラーギャ(ヴァイラーギャの4段階)

ヨガのポーズ

つぎにヴァイラーギャの4段階について解説します。

この4つの段階をアパラ・ヴァイラーギャ(努力で達成する見極め)といい、努力で到達することができるといわれています。

第1段階 ヤタマーナ・ヴァイラーギャ

第1段階は確認、努力の見極めです。

欲しいという思いが沸き起こっても、物の価値の真価を問い、自分が持つべきものかどうかを見極めることできるかどうかが大事になっていき、今の時点で自分に必要ない、持つ意味がないとわかったら、持たないようにします。

第2段階 ヴャティレーカ・ヴァイラーギャ

第2段階は自信、さらに見極め続けることです。

おそらく、見極め続けることができれば無駄なことに心は奪われなくなり、心の疲労や迷いは減少するはずです。

もう過去のように物や人に揺れることがない自分に信頼と誇りを持ち、磨いた価値観を高め続けることが第2段階のヴァイラーギャ(見極め)です。

第3段階 アイキェーンドリヤ・ヴァイラーギャ

第3段階は確信、本当のことを確信するということです。

落胆もなく、後悔や恥、自責にとらわれることもない強い自分を確立しているのが第3段階のヴァイラーギャ(見極め)です。

つまり、ありのままの外の世界を受け止め、期待することも、裏切られることもない状態のことです。

第4段階 ヴァシーカーラ・ヴァイラーギャ

第4段階は自由、物と他人にとらわれないことです。

誰かの顔色をうかがいながら行いをすることなく、自分でいることに堂々としていることが、人から自由であることを見極めることが必要になります。

つまり、物や人に自分をコントロールされることがなく自由であることを知っている段階で、自分の外の物や人に幸せを依存しない状態のことです。

物事を見極める目を養うことで、私たちは苦悩からの自由というヨガの本当のゴールを達成することができます。

パラ・ヴァイラーギャ(完全な見極め)

上記の4つの段階のヴァイラーギャ(見極め)、すなわちアパラ・ヴァイラーギャ(努力で達成する見極め)の後に起こるのが、パラ・ヴァイラーギャ(完全な見極め)です。

もうすでに平安と喜びに満たされているため、喜び、楽しみ、知識なども望まない、望む必要のない状態だということです。だから、コントロールする必要もないといわれています。

見極めのある人は、物や人がなくても、自分の自由・強さは変わらず、物や人があっても恐れず、逃げずに動じることがない状態です。

なお、これらの解説は、以下の本を一部引用・参考にしています。

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おわりに:ヨガは断捨離にも通じる思想

ここではヴァイラーギャとアッビャーサについて解説しました。

ヴァイラーギャという見極め・離欲・無執着というのは、一種の悟りの境地のようなものでしょうね。

ちょっとニュアンスは異なりますが、とても平たくいえば、絶え間なくこつこつ努力し、結果は関与せず、運命は天に任せる、あるいは、今流行りの断捨離に通じるものがあるなと思いました。

ただ、ちょっと俗的なことをいえば、インドはカースト制を取り入れたこともあり、「自分の現状・地位に満足してもらわないと困る」という裏事情もあったのではないかとも推測できます。

ヨガ哲学における心についてはヴルッティ(考えの動き)とは?心とは?を参考にしてください。

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